腐敗する水

カフェ・オレ・グラッセにまとわりついた結露が、玉となって落ちる。1つ、2つ、3つ。落ちた露が木製の机の上に水たまりを作っていた。マスクをして髪を後ろで結んだ店員が、私に聞いたのと同じ質問を、斜め前方に座った男に聞いていた。

先ほどから、同世代のように思われる男女3人組が話をしていた。ウズベキスタンに卒業旅行へ行ったことや、生活に苦しんでいる友人の話なんかをしていた。私はその話を聞きながら、窓辺に腰掛けながら夜の街の風景を眺める男が描かれた小説を読んでいた。時折彼らの話を、店員の声や外を走る列車の走行音が曖昧にした。

カフェ・オレ・グラッセは中々減らなかった。誰かが知らぬ間に少しずつ注ぎ足しているのではないかとすら思える。底の方に溜まっていた白いミルクも、混ざり合ってクリーム色に統一されていた。そのくせ氷は統一されておらず、形も大きさもバラバラだった。溶けて丸くなっている。細身のストローをかき回すと、薄いグラスに氷がきつく当たる音がする。氷には重みがある。物質としての矜持を忘れていないかのような、確固とした重みがあった。

左膝を伸ばすと疲労を感じた。「歩き回った疲れが出てきたのだと思った。」本文を確認して、2文字訂正した。「歩き回った疲労が出て来たのだと思った。」

同年代と思われる男女3人組の1人の女がよく喋っていた。右の視界にうっすら映ってはいるものの、顔を確認することはできなかった。私の視は携帯電話の液晶画面に注がれていた。右手が精密機械のように動いていて、左手は親指を中にして硬く結ばれている。

窓からぬるくて心地よい風が入って来ていた。いつもビルの間を通り抜ける龍のような風にさらされているぶん、風を心地よいと感じられるのは、毎週土曜日もしくは日曜日のこの時間に限られた。

私は1人だった。特にやることもなかった。一度開いた本を読もうとしたが、これはダメだと思って鞄の中にしまってしまった。カバンの底部は破れて、布がほつれてダラリと垂れ下がっていた。カバンを買わなければと思った。思っただけで、特に行動は起きなかった。

円卓の上では何輪かの花が束になって花瓶の中に収まっていた。

何か行動を起こせるほどの情熱も、元気も残っていなかった。家に帰ったら小説を読もうと思った。実用書は明日気が向いたら読もうと思った。

店員が飲みかけのグラスを下げていった。彼は机の上に広がる水たまりを鉄紺のタオルで拭いた。私は、ちょうど同じ色の感情が心の中に生まれ出づるのを感じて、鈍く痛む後頭部を指で押し付けた。小さいグラスに入った水がまだ8割以上残っている。グラスを持ち上げると、机の上にまた新しい小さな水たまりが泡を拭いているのを認めた。