コンコルドの真理(教育実習を終えて)

教職課程をいつ辞めるか、そればっかりを常に考えていた。面倒臭いものでしかなかったし、ネガティブキャンペーンしかしない大学の教授も、意識ばっかり高い頭でっかちの教ゼミ生も、理由をでっち上げて履修を辞めていく友達も、全てが嫌いだった。でも、辞めるほどの勇気はなかったし、積み上げてきたものの重さを考えると、もったいなくて辞められなかった。だから、どうすることもなく続けてしまった。こういうのをコンコルドの誤謬というらしい。

そんなテンションで3週間の教育実習を迎えてしまった。

 

初日はもちろんわからないことだらけだったし、現職の先生からのプレッシャーもすごかったし、大学生活と社会人生活の生活リズムのギャップに、身体は1日で悲鳴をあげた。だが、2日目からは精神的な苦痛は和らいでいった。週末に運動会があったこともあり、7時半の朝練に行かなければならなかったから、勤務時間はむしろ増えたが、楽しいことがその日から増えていった。もともと行事は大好きだったし、生徒たちが躍起になりながら大縄を跳んだりリレーでバトンを繋ぐ姿を見るのは、自分の中学時代が蘇ってきて、懐かしかった。あまり好きじゃなかった給食や、面倒臭かった掃除ですらも、失われて二度と手に入れられないものばかりだったから、今の精神と身体のままタイムリープしたかのような幻想感があった。

そして、運動会は言うこともなく楽しかった。生徒たちの競技を見るのも楽しかったし、意外な人物の脚が速かったり、リーダーシップを発揮していたり、生徒たちの意外な側面を見られて面白かった。そして、自分も選抜リレーで先生チームとして競技に出させてもらい、8コ下の中学生相手に大人げもなく本気を出し、1位でバトンを渡した。結局先生チームは3位に終わったし、運動不足だった僕は走った後30分くらい動けなくなってしまい、先生や生徒にたくさん心配された。運動会の結果としては、最終的な僕のクラスはあまり良くなかったが、それでも楽しんでやれたから良かった、と実行委員の生徒が言っていてそれが印象的だった。先生たちの打ち上げに参加させてもらったのも楽しかった。

2週目からは、実際に授業をすることになった。でも、授業のことを書くと意識高そう、と敬遠される気がするので、書かないでおく。結果だけ言うと、ボロボロだったし、生徒はたくさん寝てたし、うるさくもなったけど、最後の研究授業はそこそこうまくいった。なによりも、僕の敬愛する指導教員の先生と、大学でお世話になっている井上先生に褒められたので良かった。その二人が一堂に会しているのを見て、一章のライバルと二章のライバルが三章でタッグを組んだ、みたいな感動があった。とにかく、両先生を落胆させるようなことがなくて、本当に良かった。あ、道徳の授業では、世界の終わりの「天使と悪魔」という曲を教材に使用して授業を行った。題材は良かったが問題の設定がアバウトすぎて、あまりいい授業が出来なくて悔しかった。それがこの実習期間で一番悔しかった。

そして最終日はクラスに手紙を書き、弾き語りをした。スーツを着て中学校にギターを持っていく姿は、周りからみれば不思議な光景だっただろうな、と思った。曲はthe pillowsのFunny Bunny。僕が子どもに伝えるとしたら「君の夢が叶うのは誰かのおかげじゃないぜ」だな、と思っていたのでこの曲を選んだ。中学生なんてこの曲は全く知らないだろうし、いきなり弾き語られても困惑するかな、などと考えたので、やるか迷っていたが、指導教員の先生の後押しもあり、やることにした。アコギを教室に持ってきてケースから取り出した瞬間、大歓声が起きた。オレンジのピックでDコードを鳴らすたび、教室がざわついた。教室でギターを弾いて歌うなんて経験はもちろん初めてだったので、足が震えた。いつものライブの10倍くらいは緊張していた。ああ、という歌声が教室中に響いた。生徒たちが、僕の歌の歌詞の一つ一つに耳をすませて、興奮と恍惚の混じった眼差しでこちらを見ていた。いつのまにか教室の外にも他クラスの生徒があふれていて、ドアを少し開けたり、ドアの上の窓から顔を出したりして音漏れを聴いていた。もう夢中で6本の弦を掻きむしって、叫ぶようにして歌った。

曲が終わると、教室の外からも中からも、アンコールの大合唱が鳴り響いたが、時間がなくて出来なかった。曲が終わると、学級委員が僕に寄せ書きをプレゼントしてくれた。丁寧にラミネート加工してあって、リボンが結んであった。中学生の生徒たちなりの心温まるプレゼントだった。最後の号令をかけて、ありがとうございました、と深く礼をした。終わった。と思った。号令が終わると何人かの生徒が駆け寄ってくれて、今度バンドやるんですとか、今までありがとうございましたとか、行事見に来てくださいとか、色んな言葉をかけてくれた。ギターをやってるんだと興奮気味に伝えてくれた生徒2人には使っていたピックをあげた。驚きと興奮の混じった表情で、深く御礼をしてくれた。彼や彼女たちも軽音やったり弾き語りをしたり、それから音楽好きな友達と出会って、好きな音楽を語り合ったりするのかな、と思うと胸が熱くなった。彼らの人生の少しのきっかけになってしまった、と考えると少し荷が重いような気がするが、僕のしたことがいい方向にいってくれたら嬉しいな、と思う。

サークルに入ってギターを始めて、それから人前で歌うようになって、本当に良かったな、と思う。僕が僕として僕の人生を歩いてきて、本当に良かったなと思える。

 

教育実習を終えてみて、何度も辞めよう辞めようと思っていたが、結果的には辞めなくて良かった。この4年間で塾講師や小学校の支援員のバイトをしたり、教育というものに深く関わってきたが、それに関して言えば、この3週間は一番濃厚な3週間だったと思う。もちろんめちゃくちゃしんどかったし辛かったけど、その先には見たこともないような景色や、聴いたこともないような声が聞こえた。自分が中学校で授業をしている、というのは最後まで信じられなかったけど、これが4年間の成果なんだと思うと、本当に続けてきてよかったと思う。楽な楽しさじゃなくて、なにかをやり遂げたんだ、という達成感が大きくて、そういう意味で本当にこの3週間楽しかった。教師になるにせよならないにせよ、それだけは決して覆ることのない事実だ。もちろんかなり色々なものを失ってここまで来た。でも、代わりにかけがえのない思い出を得ることができた。いつか得るであろう教員免許は、大学生活で4年間の僕の歩みを証明する賞状でもあるんだろうな、と思う。なんでもいいから大学生活で何かを得たい、と思って始めて教職課程は、ずるずる辞められずに仕方なく続けてしまった、と思っていたが、最後の最後に大成功に変わった。僕を応援してくれた生徒や、指導教員の先生には感謝してもしたりない。

僕が僕として生きててよかった。